2009年12月7日月曜日

2009 流行語大賞



政権交代
8月30日の第45回衆院総選挙。自民党は300から119へと議席を激減させ惨敗。一方、民主党は115から308へと議席を大きく伸ばして圧勝した。投票率は69.3%。総選挙の結果を踏まえて、9月16日、鳩山由紀夫を首班とする民主党内閣が発足した。選挙による政権交代が実現したのは初めてのこと。


こども店長
2009年4月から始まったトヨタ自動車のCMシリーズで、子役の加藤清史郎(2001年8月4日神奈川県生まれ)が自動車販売店の店長を演じる。赤いジャケットがトレードマークで、エコカー減税を子供らしい可愛い比喩でPRする。


新型インフルエンザ
2009年4月、メキシコから新型インフルエンザ(H1N1)が発生。世界的に感染が広まりWHOは6月にパンデミック(爆発的流行)を宣言。政府は検疫体制の強化、発熱外来の設置、ワクチンの確保などの対応に追われた。
草食男子
コラムニストの深澤真紀が2006年に命名。協調性が高く、家庭的で優しいが、恋愛やセックスには積極的でない、主に40歳前後までの若い世代の男性を指す。自動車の購入など顕示的消費にも興味を示さず、バブル崩壊後の経済停滞が、その精神構造に影響を与えたという指摘もある。
脱官僚
鳩山新政権のキャッチフレーズ。子ども手当の創設やガソリン税の暫定税率廃止など、総選挙のマニフェストを実現する考えを強調している新政権だが、「脱・官僚依存」の行方に国民の注目が集まる。
派遣切り
リーマンショック以降の急激な雇用調整において、パートタイマーや派遣労働者など非正規労働者は真っ先に雇用調整の対象となった。まず削減の対象となったのは派遣労働者で、特に生産の落込みが激しかった自動車や電機など製造業の派遣労働者は真っ先に削減されることに。
ファストファッション
百貨店の苦境が続く中、売り上げを伸ばしている「安くて手軽なファッション」のこと。日本ブランドではユニクロやしまむら、g.u.が健闘。海外からもH&M、ZARA、フォーエバー21などが参画し、大きな社会現象になった。
ぼやき
東北楽天・野村克也前監督は試合後インタビューでの「ぼやき」で有名。昨年は「ぶつぶつ言う」を意味する英語のmumbleから、自ら「マンブーマンはもうやめたい」と発言、2009年版現代用語の基礎知識には「マンブーマン」が掲載された。その語録集CDや似顔絵Tシャツなど、関連グッズは今年も好調な売れ行きだった。
歴女(レキジョ)
『三国志』や戦国時代をテーマにした映画やゲームが増え、原作本を読み始めて「歴史通」になる女性が増えてきた。小日向えりら歴史好きのアイドルは「歴ドル」と呼ばれる。
事業仕分け
国や地方自治体が行う個別の事業について、公開の場で必要性や効率的な実施方法を議論する手法。各事業を「不要」「民間に委託」「国ではなく都道府県が行うべき」などと仕分けする。「仕分け人」と呼ばれるのは公務員OBなど、民間人。民主党新政権の下、行政刷新会議はこの手法を用いて、概算要求に盛り込まれた事業の必要性などを判定していく。

2009年12月6日日曜日

御殿場の名所「イルミネーション」

 今のシーズン・・・・お奨めです   h-oka

2009年12月4日金曜日

東村山RCへメークアップ


 12月3日、IM開催の挨拶のため山崎実行委員長、折原副幹事と共に東京東村山RCにメークアップに行きました。会場は荘厳な雰囲気の八坂神社となりの社務所でした、シンプルな例会場でバナー展示と木製の進行表が印象的でした。

 例会の進行他も福生クラブとは違う点(良い・悪いではありません)が多かったので、それをお知らせします。
・会長・幹事は「President」・「Secretary」の襷をかけて例会に望み、会務(会長)報告は前週の出来事などを含めて10分程度行っていました。
・例会の司会・進行は例会運営委員会(SAA)が行い、お客様の紹介はパスト会長でした。
・ロータリーソングはソングリーダーが毎回指揮をしています。
・ニコニコ発表の中で「大ニコ・ニコニコ」のほかに「さわやか」という発表があり、折原副幹事が気にいていました。
他クラブの例会に出席させていただくと、本当に良い勉強になります。
 私的には同期の会長とはお会いできなかったですが、お世話になった同期幹事、当時のガバナー補佐、分区幹事にお会いでき大変楽しいメークアップになりました。
 これもロータリアンの楽しみの一つかな?と思っています  K

2009年12月2日水曜日

新入会員の木村さん、、、


入会式が本日行なわれました、
3年ほど前からのお誘いでしたがやっとのことでした~ 
次年度の副会長や理事さんも決まりましたしホットしましたね~・・・・・

綺麗な柚子とカボス、、、小野会員の収穫を皆さんにと、、、持参してくれましたので有難く頂いてきました。  h-oka

2009年12月1日火曜日

TBSドラマ「仁」

太郎さんの日記を読んでいたら、
その時代にタイムスリップしたら
面白いと思いました。
本当の事はその時でないとわからない・・・
しかし物の見方やとらえ方、考え方や立場等々で
随分と変わることもあるのではないかと思います。

ドラマ「仁」はどのような結末になるのでしょうか? (き)

http://www.tbs.co.jp/jin2009/intro/

◆石川太郎日記◆「石川酒造の創業」

こんにちは、石川太郎です。  
部屋の掃除をしていたら、多満自慢の昔のパンフレットが出てきました。 
子供のころに見た記憶があので、35年ほど前のものでしょう。
そこには、 「石川酒造の酒造りの歴史は150年」と書いてありました。
今、手元に 現在のパンフレットがあります。
そこには「石川酒造の歴史は、文久3年 (1863年)に始まり・・・」と書いてあります。
1863年は今から 146年前です。変な話です。   
石川家の歴史の調査は、当時、敦賀女子短期大学教授、国税庁税務大学 
校租税資料室研究調査員であった多仁照彦先生を中心に、
昭和58年 (1983年)6月26日よりはじまり、「石川酒造文書」(全九巻)が出版されました。
第一巻の印刷は、昭和60年10月10日 調査が進むにつれて、様々な資料が発見され、
石川酒造の創業についても徐々に明らかになってきました。
創業文久三年、と前述しましたが、正確には、出てきた資料の中で最も古いものが
文久三年だったので、創業を文久三年としましたのです。 
ビールについても同様で、当初は明治19年創業と伝承されていましたが、 
正確には下記のとおりです。
 石川酒造ビール製造の歴史の詳細   
1.明治20年(1887年)7月ビール醸造場の建設に着手   
2.同年10月銀座二丁目の横井商店より、ビール煮沸釜を購入   
3.同月「日本麦酒」の登録出願、翌年7月登録終了   
4.同年11月東京芝区田町六丁目に住む、池田清三郎をビール杜氏として採用   
5.明治21年2月5日ビール醸造着手   
6.同3月大瓶5870本、小瓶2000本を購入   
7.同年5月27日出荷   
8.同年6月1日発売開始  
というわけで、両者とも事実と異なる表記であるが、石川酒造の創業に関しては、
「正確には、分かっていないのだから、少し古めにしておこう」と いったところで、
いわゆるサバ読みです。ビールに関しては、勘違いである。 
いずれにしても、どうやら意識的に嘘をついていたわけではないようではあるので、
良心はとがめない。  
しかし、世の中には、意識的に嘘をついている場合が多いようである。
都合で事実を伝えないことも多い。テレビも新聞も、政府の発表も。皆さんも、お気を付けください。  最近僕は、歴史の教科書も、辞書も、読んでみて「ほんとかな~」と思うことがあります。
どんな辞書だって、それはもちろん、新明解国語辞典です。 
だからあの辞書は、日本で一番売れている辞書なのですね。